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まっ赤な愛車~親子の絆~

真夜中に連絡を受け、ご葬儀の打ち合わせのためご自宅を訪問い致しました。
ご両親様は放心状態でした。
 
故人様は二十二歳の青年、大学卒業まであと半年というところでガンが発見され、治療の甲斐なく帰らぬ人となったのです。
 
「息子の事はそっとしておいてほしい……」
 
ようやく口にされたお母様の言葉、お父様もまた同じ思いであると感じました。
同じ年代の子供を持つ親として、自分の身が引き裂かれる思いでした。そんな状況の中で、どういうご提案をすれば「悔いのないお別れ」ができるのか、またどうすればご両親の心を和らげることができるのか。
 
幸いお母様の弟様がいらっしゃり、少しずつご葬儀の話を進めることができました。
ご遺族様の最初の希望は家族葬でした。悲しみが大きいだけに、大勢の人をお迎えする心境にはとてもなれなかったものと思います。
 
ご自宅はモダンな家で、部屋はガラス越しにガレージが見えるようになっています。
故人様がガソリンスタンドでアルバイトをしながら乗っていた赤い車は修理に出されていました。お父様が乗っておられたことで、幼いころから憧れの車だったそうです。そして病気のこともあって、その車を最初で最後の車と決め、札幌にあるツーリングクラブに入会されていたそうで、優しい人柄で多くの仲間もいることが分かりました。
 
メモリアルムービーを作るためにお借りした写真もまた、ほとんどがご家族様と共にお父様の赤い車が写っていました。
お通夜の当日に故人様の愛車が修理から戻ってくるというくるということでしたので、シティホール前面の駐車場に故人様の愛車を中心に並べようということになりました。
 
 
お通夜当日、シティホールのスタッフを駐車場に配置し、ご友人達が到着すると、「〇〇さんのご友人ですね。どうぞ彼の車の近くに停めてください。」とご案内しました。
こちらを見つめるご友人の目が、悲しいくらいに優しい眼差しに変わるのが分かりました。
十九台の車が並び、ホールの外からご参列の皆様と共に故人様をお見送りしてくれたのです。
その中で一人のご年配の方が小さな孫を慈しむようにその赤い愛車のボンネットを撫でながら、故人様を偲んでいるかのように「よし、よし、良い子だな」とつぶやく姿がありました。
 
会場には三〇〇名を超える皆様がお集まりになりました。
大きな会場に変更したことで皆さんをお迎えすることができました。
 
「自分の息子は生きたくても生きられませんでした。若い人でも明日という日は決して当たり前にくるものではありません。どうか一日一日を精一杯生きてください。そしてお体を大切にして下さい。それが一番の親孝行です。」
愛するお子様を若くして亡くされたお父様のお言葉は、重く切なく、残された人への生きる指針に聞こえました。
 
 
翌日の野辺の送りでは、親子の絆である故人様の愛車をお母様の弟である叔父様に運転していただき、ともに火葬場まで搬送していただきました。
火葬場では、お通夜でのお父様の言葉を、故人様のご友人に私の方で紹介させていただきました。
 
お父様の悲しみを迎えてのお言葉に、私達の役割の深さと、私達が目指す葬儀の意味の大きさを改めて気づかせていただきました。